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創立100周年 過去と未来をつなぐもの

3月の終わり、ある先生から『平成史スクープドキュメント第5回 “ノーベル賞会社員”~科学技術立国の苦闘~』という番組を紹介されました。

 

2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一先生を取り上げた番組でした。
国の科学技術予算にも競争原理が取り入れられ、科学研究の基盤的経費が削減されているという現実を踏まえたうえで番組は構成されていました。
田中先生は、ノーベル賞受賞後、「自分はあくまで発見しただけで、自分が偉業を成し遂げたという気持ちになれなかった。」という思いで16年に及び、自問自答を繰り返していたと言います。

 

自分は社会に貢献したいという思いを持ち続け、2018年、1滴の血液でアルツハイマー病を早期診断できる未知のタンパク質を発見し、再び注目を集めました。
インタビューを受ける田中先生は常に謙虚でしたが、とても印象に残る言葉がありました。

もともとイノベーションの日本語訳は『新結合』、あるいは『新しい捉え方』とか『解釈』です。
いろいろな分野の方々が集まって新しく結合する、新しい解釈をすることがイノベーションなわけです。失敗と思われることも、別の分野ではすごい発見になるかもしれない。
もう少し柔軟に、広く解釈すれば、イノベーションはもっとたやすくできると思います。

本校創立者、浅野総一郎翁は、奮闘努力の人であり、常に先を見つめて、新しい視点で物事を捉えてきた人です。
しかも総一郎翁は今でいうベンチャー企業の草分け的存在です。
2020年1月20日に創立100周年を迎える学校として、銅像山防災および整美計画が始まりました。

 

銅像山西側斜面と山頂部の防災対策、さらに銅像山前面に100周年記念広場と100年リングを設置する、そして打越坂から銅像山へのアプローチを整美し、銅像山裏手に駐車場をつくるというのが全容です。
第6期卒業生、佐藤頼三郎さんの文章のなかに、卒業式に出席した総一郎翁を次のように描いた箇所があります。

壇上に上がった翁はと見ると、はち切れるように肥った体軀、加うるに白髪の童顔、しかも礼服の中にただ一人半ズボンという仕事着が対照的であった。
・・・わしは忙しい身体だ。四六時中仕事で飛び廻っている。モーニングなどに着替える余裕はない。どうしてもモーニングでなければ出ていけないというのなら、わしは出ないといったら、校長が仕事着でもかまわないといったから出たのだ。・・・わしは小学校も満足に出てない。しかし事業にかけては決して誰にも負けない。・・・人間は働くという観念が一番大事だ。・・・社会は真面目に一生懸命働く人を求めているのだ。

創立100周年を記念して、銅像前の100周年記念広場に建築家川添善行氏による100年リングが、2020年3月に完成します。
100年を機に創立者総一郎翁を改めて見つめ直していきたい、失敗を繰り返しながらも失敗から学び、自分の目標を実現していった総一郎スピリットを再確認していきたい。
こういった思いを象徴するモニュメントであり、浅野中学・高等学校100年間の伝統と、それを受けづく浅野生を未来へとつなぐリングです。
総一郎翁のお顔をより身近に見つめ直して、自分の抱く大きな夢を語りかけることのできる場になってほしいと願っています。

 

13歳から18歳までの6年間を過ごす学び舎として、そこでできるもの、目指すものは何か、それは人の話にきちんと耳を傾け、人と連帯、協力、そして協働する姿勢を身につけること、そして自分でものごとをしっかりと考える基盤となる基礎知識を身につけることであると思います。
総一郎翁は、最後の事業として人づくりの場として本校を創立しました。
本校は、人との繋がりを活かし、協力と協働を大切にしながら、社会に貢献できる卒業生を創り上げてゆける学校でありたいと思います。

浅野中学・高等学校長 前田 渉

これからの同窓会活動で何よりも望まれるものは、卒業生の皆さんが、それぞれ活躍している様々な分野での浅野会といったつながりを創り、そのつながりが現役生の未来にもつながる浅野同窓会のネットワークを構築してゆくことです。
小さな単位のつながりが、100年の歴史をもつ浅野中学・高等学校という大きなリングにつながっている、学校でありたいと願っています。

浅野中学・高等学校長前田 渉

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