歴史と沿革固定ページ

このページでは、浅野学園の歴史・沿革についてご紹介いたします。

校旗

  • 浅野総合中學校浅野総合中學校
  • 浅野中学校浅野中学校
  • 浅野高等学校浅野高等学校

歴代校長

浅野 總一郎

創立者浅野 總一郎

水崎 基一

初代校長水崎 基一

神名 勉聰

二代目校長神名 勉聰

農学博士

浜野 駿吉

三代目校長浜野 駿吉

大正14年卒

石山 延雄

四代目校長石山 延雄

昭和6年卒

山口 敬三

五代目校長山口 敬三

昭和18年卒

石橋 義史

六代目校長・学園長石橋 義史

昭和29年卒

淡路 雅夫

七代目校長淡路 雅夫

昭和38年卒

阿部 義弘

八代目校長阿部 義広

昭和44年卒

前田 渉

九代目校長前田 渉

昭和48年卒

校舎変遷

昭和29年頃

昭和29年頃

昭和55年頃

昭和55年頃

昭和62年頃

昭和62年頃

平成7年頃

平成7年頃

浅野学園沿革

大正9年 1920年 1月20日 浅野総合中学校設置認可。水崎基一 初代校長に就任。
大正12年 1923年 3月30日 実習工場を建設。木工・金工・鍛冶・機械仕上の実習を課外で必修とする。
大正12年 1923年 9月1日 関東大震災により雨天体操場と実習工場を除き校舎全壊。
大正13年 1924年 5月18日 創立者・浅野總一郎の銅像建設成る。
昭和20年 1945年 5月29日 B29の空襲により、木造校舎3.900平方メートル全焼失。わずかに鉄筋コンクリート造りの講堂と1号館(記念館)のみ戦災を免れる。
昭和22年 1947年 1月22日 第一期校舎復興建築始まる。
昭和22年 1947年 3月22日 新学制により浅野学園中学校を設置。
昭和23年 1948年 3月20日 新学制により浅野総合中学校は新制高校に移行、校名を浅野学園高等学校と改称する。
また、定時制高等学校を併設する。
昭和26年 1951年 3月6日 私立学校法の制定により財団法人が発展解消して、学校法人浅野学園となる。
昭和26年 1951年 3月6日 浅野学園高等学校および浅野学園中学校を、それぞれ浅野高等学校、浅野中学校と改称する。
昭和27年 1952年 11月30日 鉄筋コンクリート2階建ての理科特別教室建設(644平方メートル)
昭和34年 1959年 6月30日 循環式浄化装置プール建設。(25メートル 8コース)
昭和39年 1964年 9月26日 講堂兼体育館(1,840平方メートル)の竣工をもって第一期校舎復興計画を完了する。
昭和40年 1965年 10月31日 球戯場竣工。(バレー、バスケット、テニス)
昭和42年 1967年 6月8日 校長 神名 勉聰が学園長に、浜野 駿吉が第三代校長に就任。
昭和45年 1970年 1月20日 創立50周年を迎える。
昭和45年 1970年 9月15日 理科館増設(地学教室)。食堂開設。
昭和47年 1972年 1月27日 格技場(剣道場)竣工。
昭和50年 1975年 12月20日 鉄筋コンクリート2階建ての管理棟の竣工をもって浅野学園総合整備第一期工事完了。
昭和53年 1978年 3月31日 浜野 駿吉 退任。
昭和53年 1978年 4月1日 石山 延雄 第四代校長に就任。
昭和55年 1980年 1月20日 創立60周年を迎える。
昭和59年 1984年 3月31日 柔剣道場竣工。
昭和59年 1984年 9月30日 ハードテニスコート竣工。
昭和60年 1985年 2月10日 正門竣工。
昭和62年 1987年 3月31日 高校校舎(現中学校舎)棟竣工。
昭和62年 1987年 3月31日 中庭(石庭)竣工。
昭和63年 1988年 6月30日 球技用グランド竣工。
平成元年 1989年 12月31日 石山 延雄 退任。
平成2年 1990年 1月1日 山口 敬三 第五代校長に就任。
平成2年 1990年 8月31日 創立70周年を迎える。
平成6年 1994年 9月1日 山口 敬三 退任。石橋 義史 第六代校長に就任。
平成7年 1996年 7月15日 本館、高校校舎棟竣工。
平成14年 2002年 4月1日 石橋 義史 学園長に就任。 淡路 雅夫 第七代校長に就任。
平成22年 2010年 4月1日 阿部 義広 第八代校長に就任。
平成26年 2014年 4月 清話書林(図書館)竣工。
平成26年 2014年 10月 打越アリーナ(体育館)竣工。
平成28年 2016年 4月 阿部 義広退任の後を受けて前田 渉が第九代校長に就任する。
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